2012年02月23日
作家略歴
プロフィール
静岡県浜松市生まれ。
2000年、当時はまだ地元の浜松で貿易会社の事務員。
元々クリエイティブなことが好きで、転職を考えていたそんな時、
自宅近くに宝石店ができたことからジュエリー作りの世界に出会う。
2002年より社団法人日本ジュウリーデザイナー協会会員の杉山誠氏経営のジュエリー工房、
『アトリエ・フィロンドール』にて指導を受けながらジュエリークラフトを始める。
同時にサイテックモデリング制作の第一人者,斉藤信男氏の一番弟子、柳田ちづる氏に師事し、
精密鋳造用ワックス造形を学ぶ。
その後の2004年、伝統的な手法のジュエリー造形を学ぶため単身渡伊。
ルネサンス発祥地でありジュエリー作りの本場フィレンツェにて、
アルベルト・ファンタッピエ氏をはじめとする各分野のジュエリー職人より2年間指導を受ける。
帰国後、アトリエ・フィロンドールに復帰。
杉山代表のもと同ジュエリー工房にて4年間ジュエリー加工を手掛ける。
2009年独立。 地元浜松市半田山にて『MIYOSHI。』として活動。
日本とイタリアにおいて経験したジュエリー作りの技術を使って
クラシカル・モダンなテイストのジュエリーを制作しています。
浜松在住。
略歴
宝飾関係校
東京日本橋 サイテックモデリング造形教室 2002年
イタリア Accademia Fiorentina dei Mestieri Orafi 『GHIBERTI』 2004年
イタリア Scuola per'Arte della gioielleria 『PERSEO』 2005年
ジュエリークラフト歴
ジュエリー工房 アトリエ・フィロンドール 2002年~2003年、2006年~2009年
フィレンツェ ジュエリー工房 Studio Limelight 2005年
作品展
2006年 浜松・天神蔵 『二人展』特別出展
2007年 フィレンツェ 作品展 『ボナペティート』
2008年 ギャラリー紫苑 『魅惑のアート展』
2010年 浜松フレンチ、ラ・サリーブにて『ジュエリー・ランチ展』
2010年 浜松イタリアン、ベッラヴィスタ『ファッション・コラボ展』
2011年 銀座スターホール 『銀座ナイフショー』
静岡県浜松市生まれ。
2000年、当時はまだ地元の浜松で貿易会社の事務員。
元々クリエイティブなことが好きで、転職を考えていたそんな時、
自宅近くに宝石店ができたことからジュエリー作りの世界に出会う。
2002年より社団法人日本ジュウリーデザイナー協会会員の杉山誠氏経営のジュエリー工房、
『アトリエ・フィロンドール』にて指導を受けながらジュエリークラフトを始める。
同時にサイテックモデリング制作の第一人者,斉藤信男氏の一番弟子、柳田ちづる氏に師事し、
精密鋳造用ワックス造形を学ぶ。
その後の2004年、伝統的な手法のジュエリー造形を学ぶため単身渡伊。
ルネサンス発祥地でありジュエリー作りの本場フィレンツェにて、
アルベルト・ファンタッピエ氏をはじめとする各分野のジュエリー職人より2年間指導を受ける。
帰国後、アトリエ・フィロンドールに復帰。
杉山代表のもと同ジュエリー工房にて4年間ジュエリー加工を手掛ける。
2009年独立。 地元浜松市半田山にて『MIYOSHI。』として活動。
日本とイタリアにおいて経験したジュエリー作りの技術を使って
クラシカル・モダンなテイストのジュエリーを制作しています。
浜松在住。
略歴
宝飾関係校
東京日本橋 サイテックモデリング造形教室 2002年
イタリア Accademia Fiorentina dei Mestieri Orafi 『GHIBERTI』 2004年
イタリア Scuola per'Arte della gioielleria 『PERSEO』 2005年
ジュエリークラフト歴
ジュエリー工房 アトリエ・フィロンドール 2002年~2003年、2006年~2009年
フィレンツェ ジュエリー工房 Studio Limelight 2005年
作品展
2006年 浜松・天神蔵 『二人展』特別出展
2007年 フィレンツェ 作品展 『ボナペティート』
2008年 ギャラリー紫苑 『魅惑のアート展』
2010年 浜松フレンチ、ラ・サリーブにて『ジュエリー・ランチ展』
2010年 浜松イタリアン、ベッラヴィスタ『ファッション・コラボ展』
2011年 銀座スターホール 『銀座ナイフショー』
2012年02月23日
イタリアの洋彫り
イタリアはフィレンツェに古くから受け継がれる宝飾品の彫刻
中世のフィレンツェ。芸術文化の花咲いたルネサンス期、
金細工師が武具や聖具などを制作していましたが、
やがてその技術が装身具などの宝飾品に生かされはじめたといいます。
ヴェッキオ橋の金細工や修道院が育んだその伝統が
今なおフィレンツェの職人に引き継がれ、生き続けています。
その彫刻技術が一般に言われる洋彫り。
種類はパターンの繰り返すものから絵画のようなもの、
文字の彫刻など様々。
フィレンツェ彫りも洋彫りのひとつです。

フィレンツェの彫り職人のマエストロから学んだ洋彫り。当時練習していた彫刻の数々。

様々な種類の洋彫りタガネ。持っているものの一部。
和彫りは、タガネを利き手ではない方の手で持ち、
タガネの頭を小さな金槌で叩いて自分の体の方向へ彫り進んでいきますが、
洋彫りは和彫りとは違い、槌を使いません。
タガネを利き手で持ち、
彫刻刀を彫るように手の力で金属に彫り込んでいきます。

オリジナルな植物モチーフの洋彫りを腕部分に施したリング

フィレンツェの伝統的な唐草模様の洋彫りを施した結婚指輪(フィレンツェ彫り)

現代的な自由系のデザインにモダンなテイストにアレンジされたデザインの洋彫り

ノスタルジックな印象を出すために、より手作り感を表現しランダムに彫られた洋彫り

手彫りの彫刻は、同じ模様を彫っても彫り手によって仕上がりは様々です。
彫刻のデザインも、出来上がり図はすべてそれを仕上げる彫り手の頭の中。
手を動かし、様々な模様を経験しながら、新しいパターンが生まれます。
中世のフィレンツェ。芸術文化の花咲いたルネサンス期、
金細工師が武具や聖具などを制作していましたが、
やがてその技術が装身具などの宝飾品に生かされはじめたといいます。
ヴェッキオ橋の金細工や修道院が育んだその伝統が
今なおフィレンツェの職人に引き継がれ、生き続けています。
その彫刻技術が一般に言われる洋彫り。
種類はパターンの繰り返すものから絵画のようなもの、
文字の彫刻など様々。
フィレンツェ彫りも洋彫りのひとつです。

フィレンツェの彫り職人のマエストロから学んだ洋彫り。当時練習していた彫刻の数々。

様々な種類の洋彫りタガネ。持っているものの一部。
和彫りは、タガネを利き手ではない方の手で持ち、
タガネの頭を小さな金槌で叩いて自分の体の方向へ彫り進んでいきますが、
洋彫りは和彫りとは違い、槌を使いません。
タガネを利き手で持ち、
彫刻刀を彫るように手の力で金属に彫り込んでいきます。

オリジナルな植物モチーフの洋彫りを腕部分に施したリング

フィレンツェの伝統的な唐草模様の洋彫りを施した結婚指輪(フィレンツェ彫り)

現代的な自由系のデザインにモダンなテイストにアレンジされたデザインの洋彫り

ノスタルジックな印象を出すために、より手作り感を表現しランダムに彫られた洋彫り

手彫りの彫刻は、同じ模様を彫っても彫り手によって仕上がりは様々です。
彫刻のデザインも、出来上がり図はすべてそれを仕上げる彫り手の頭の中。
手を動かし、様々な模様を経験しながら、新しいパターンが生まれます。
2012年02月23日
中世より受け継がれるフィレンツェ彫り

フィレンツェに古くから伝わるアラベスク(唐草模様)のフィレンツェ彫り。
フィレンツェ彫り
1400年代から1600年代にかけて、
ルネサンス芸術を大輪の花として咲かせた中世のフィレンツェ。
そのルネサンス期、金細工師が武具や聖具などを制作していました。
やがてその技術が装身具などの宝飾品に生かされはじめたといいます。
ヴェッキオ橋の金細工や修道院が育んだその伝統が
今なおフィレンツェの職人に引き継がれ、生き続けています。
フィレンツェ彫りは、手彫りの代表的な金細工のひとつ。
彫刻面いっぱいに隙間なく模様の埋め尽くされるように計算されたデザインが特徴です。

MIYOSHI。オリジナルのフィレンツェ彫り。 マリッジリングに施した『天使の翼』。
そんなジュエリーの本場、フィレンツェにて直々に彫金、彫刻、石留めなどを
現地で活躍する宝飾職人から伝授。
伝統的な模様を習うことから始まり、独自のデザインを作り始めました。
マリッジリングを中心に種類を増やしていけたらと思います。
2011年04月11日
フィレンツェの彫金生活
2004、2005年の2年間、
中世時代の面影が残る、美しい花の都フィレンツェの中心地で
伝統的な彫金を学びながら生活していました。
小さな町ですが、さまざまな本物の芸術がいたるところで見られ、
伝統の職人技が今も残る風情のある町でした。
彫金学校『Ghiberti』(ギベルテイ)
彫金学校『Perseo』(ペルセオ)
語学学校『ミケランジェロ』
フィレンツェへ彫金留学をお考えの方へ。
まずできるだけ最初に現地へ足を運んで色々な学校を下見することをおすすめします。
学校の雰囲気を見るのはもちろんですが、
どの学校にも必ずと言っていいほど日本人学生がいますから
そこで現地の生活、学校の様子や手続きの話を前もって聞いておくと、
たいへん有益な情報を得られたりします。
現地の雰囲気を知っておくためにも
その街へ一度旅行へ出かけるとよいですよ。
フィレンツェのとある宝飾品工房
居住していた最上階の小さな家
フィレンツェ自室の彫金作業場
中世時代の面影が残る、美しい花の都フィレンツェの中心地で
伝統的な彫金を学びながら生活していました。
小さな町ですが、さまざまな本物の芸術がいたるところで見られ、
伝統の職人技が今も残る風情のある町でした。
彫金学校『Ghiberti』(ギベルテイ)
彫金学校『Perseo』(ペルセオ)
語学学校『ミケランジェロ』フィレンツェへ彫金留学をお考えの方へ。
まずできるだけ最初に現地へ足を運んで色々な学校を下見することをおすすめします。
学校の雰囲気を見るのはもちろんですが、
どの学校にも必ずと言っていいほど日本人学生がいますから
そこで現地の生活、学校の様子や手続きの話を前もって聞いておくと、
たいへん有益な情報を得られたりします。
現地の雰囲気を知っておくためにも
その街へ一度旅行へ出かけるとよいですよ。
フィレンツェのとある宝飾品工房
居住していた最上階の小さな家
フィレンツェ自室の彫金作業場2011年04月11日
『マドンナーロ』 昔ながらのイタリアン・アート

マドンナーロ ( 聖母マドンナを描く人 )
マドンナーロとはイタリア語で「聖母を描く人」という意味です。
中世のイタリアで、お祭りの日に地面に聖母やその町の守護聖人の絵を描いたりしたのが
その始まりだと言われ、
教会前の広場などに絵を描いて、かわりに食べ物やお金をもらう職業です。
現代ではストリートペインティング、チョークアートなどと呼ばれたりもします。

フィレンツェで貧乏学生をしていたころ、
路上で地面に絵を描いて職業にしている日本人に出会って
一緒に描かせてもらうようになりました。
日本でこうしたパフォーマンスは特別な大会以外はあまり許可されません。

有名な絵画が人気で、
月に一度くらい週末やお祭りの日などはレプッブリカ広場にすぐそばで
こうしてマドンナーロをしていました。


暑いので、午後の3時ごろ、日かげのできる頃から描きはじめ
深夜くらいまで描き続けます。
描く途中の工程を見せるのがパフォーマンスなので
ふだんはあまり完成させることはありません。

夜中に街中を、下にブラシをつけた清掃車が走りまわるので
描いた絵は次の日にはだいぶ薄くなっています。
そして雨が降ると全部消えてなくなってしまうのです。
絵を描いていると、観光者や町の住人が声をかけてくれます。
お互いの話をしたりしてよい情報交換の場になっていました。

毎年8月の最初に北部マントヴァの町でマドンナーロの大会があります。
48時間かけて絵を1枚仕上げるというこの大会には
2年間毎年参加していました。

昔ながらの芸術の生きる街、フィレンツェ。
各分野でその技を今も受け継いでいる人達がいます。
彫金以外で偶然触れることになったこのフィレンツェの芸術体験は
私の大切な思い出です。

